男を上げる研究所

「男を上げる」というキーワードを研究対象とし、「理想の男」を目指して未来を拓く事を目的とした研究所

知らなかったではすまない!冤罪事件から情報弱者の危険性を垣間見る

午後3時48分釈放です!再審前の釈放です!!」

「菅家さーん、おめでとうございますーっ!」

 

50センチほど開かれたワゴン車の窓から、報道陣の絶叫や連写するカメラのシャッター音、激しく明滅するフラッシュが、怒涛のごとく雪崩れ込んできた。2009年6月4日、千葉刑務所から滑り出した車の窓から菅家利和さん(62)は身を乗り出し、車の周囲で揉み合う取材陣に手を振っていた。前代未聞のDNA型再鑑定により、冤罪が確定的となった菅家さんは、17年半に及ぶ刑務所生活から釈放された。検察が自ら白旗を上げたのだ。

 (本書より抜粋)

 

当時大ニュースとなった「足利事件冤罪事件」。この釈放の瞬間を、私は会社の休憩所のテレビで何気なく観ていた。

 

 

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「17年半か。長いな。」

 

当時の私は、このくらいの軽い印象しか持たなかった。いや、持てなかったというのが正しいのだろう。たまたま逮捕ー起訴ー裁判ー収監の過程で間違えがあり、それが正された。誰にでも間違いはある。警察だって検察だって裁判官だって人間だ。そう思っていた。

だが、幸か不幸か本書の存在を知ることで、自分の浅はかさに背筋が凍る思いをする事になる・・・。

 

足利事件とは

 1990年5月12日、栃木県足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明になり、翌朝、近くの渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された。容疑者として菅家 利和(すがや としかず)が逮捕、起訴され、実刑が確定して服役していたが、遺留物のDNA型型が彼のものと一致しないことが2009年5月の再鑑定により判明し、彼が無実だったことが明らかとなった。服役中だった菅家はただちに釈放され、その後の再審無罪が確定した。

足利事件 - Wikipedia

 

今でこそ、「冤罪」というワードがよく聞かれるようになり、罪のない人間が誤認逮捕、起訴され、有罪となる恐ろしい事が実際に起きている、という事を多くの人たちが知っている。

 

でも当時の情報弱者の自分は、テレビに出ている政治家、マスコミ、ましてや警察なんて絶対正義だと思っていた。

 

彼ら国家公務員は一生懸命国民や善良な市民のために昼夜問わず責務を果たしている。お国のため、国民のために全力で仕事をしていれば、行き過ぎた行動だって多少はあるだろう。そのみなぎるパワーの源が、正義感から来ているのであれば、なんて素晴らしい事ではないか、と当時は本気で思っていた。が、現実は全く違っていた事が後に分かった。

「うそつきは泥棒の始まり」

「悪いことしたら警察に捕まるからね」

 

小さい子供にこう諭す親や教師。絶対的な存在の彼らのその言葉を、大人になるまで一片の曇りもなく信じている情報弱者の自分が、いまでも恥ずかしい。

 

犯罪者は作れる?

 

今回読んだ本「殺人犯はそこにいる~隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」は、冒頭の足利冤罪事件の被害者である菅家利和さんが、17年半振りに無罪を勝ち取るきっかけとなった取材をしたジャーナリスト、清水潔氏の作品だ。完全ノンフィクション。仮名、誇張などひとつもない。全てが真実。だからこそ残酷な真実が浮き彫りとなる。

 

足利事件を前後して、当時事件の現場となった栃木県と群馬県の県境にある一帯で、合計5件の幼女誘拐事件が発生しており、うち4件の幼女が殺害され、1件の幼女が今でも行方不明のままとなっている。

 

警察は足利事件以前に発生した3件の事件が未解決となっていた事で、焦りを感じていた。そんな中で4件目の足利事件が発生。容疑者に浮上した菅家さんを逮捕。取り調べの中で無罪を主張する菅家さんに、あろうことか他の誘拐殺人事件の自白を強要したのだ。(のちに2件の事件については不起訴処分になる)

 

もともと気の弱かった菅家さんは、警察の執拗で強引な取り調べ、自白強要行為に屈し、無実であるのにも関わらず事件への関与を認めてしまった。被害者の衣類に付着していた体液のDNA型と、菅家さんのDNA型が一致したことが決め手となった。

(のちにこのDNA型鑑定の再鑑定が裁判所で認められ、菅家さんの無実が証明される事になる)

 

結果は有罪判決。無実の菅家さんは無期懲役を言い渡される。何もしていない、善良な一般市民が、警察と検察によって一夜にして連続幼女誘拐殺人事件の犯人とされてしまったのだ。

 

それから17年半の歳月を経て、菅家さんの無実が証明され釈放される。本書では、「では真犯人は誰なのか?」という核心にも迫っている。もう一度言うが、本書はノンフィクションだ。著者である清水氏は実名こそ伏せてはいるが、真犯人「ルパン(目撃情報により容疑者がアニメルパン三世に似ている事から本書ではこう命名している)」の所在、人物像も把握している。さらに、実際に清水氏本人がこの容疑者「ルパン」宅へ取材を敢行する場面もあるのだ。すわ真犯人逮捕か?となるが・・・。

 

・・・しかし、いまだにこの一連の事件の真犯人は逮捕されていない。

 

なぜ未解決のままなのか?

なぜ容疑者を逮捕できないのか?

警察は動かなかったのか?

マスコミはこの事を報じなかったのか?

なぜ菅家さんが冤罪で収監され、真犯人は今も外の世界で悠々と生活を送っているのか?

 

非常にすっきりしない事件なのである。

 

当該事件の詳しい内容は本書に任せるとして、ここからは読後感想と、私がこの事件から学んだ事について触れていきたいと思う。

 

情報社会で生きていく上での3つの大事なこと

 

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今回この作品に偶然にも出会えた事で、私は以下の点について深く考えさせられる事になった。それは、

 

情報弱者の危険性

・主体的な情報収集の重要性

・自己防衛のための想像力

 

である。

 

情報弱者の危険性

 

情報弱者の定義は、

 

情報・通信技術の利用に困難を抱える人のこと。ネットではもっぱら情報を充分に活用できない者の意味で使われる。

 

情報弱者とは (ジョウホウジャクシャとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

とする。

 

メディアの信頼度を調査したとある記事を参照にすると、やはり新聞とテレビの情報信頼度が2強なのが実情だ。

インターネットにより誰もが正しい情報へアクセスできるようになった。が、依然としてインターネットを充分に使いこなせず、テレビや新聞から発信される情報が正しいと考える情報弱者の人たちが多く存在しているという事だ。

 

http://www.garbagenews.net/archives/2153900.html

 

だが、子供から大人へなる過程において、いままで信じていた親や教師の言う言葉や、テレビや新聞から発信される情報が全て正しいと思っていた価値観が、ここ数年で見事に崩壊してはいないだろうか。多くの人が正しいと信じているテレビや新聞の情報信頼度が急降下していやしないだろうか?

 

情報の真偽がはっきりすることで、まるでコイントスの裏表のように真実がひっくり返る。昨日まで白だと信じて疑わなかった事が、朝起きたら実は黒でした、となっている。

 

17年も刑務所に収監されていた人が実は無実でした、昨日まで正しいと思っていた警察や検察が、実は保身のために嘘をついていました、なんてことが実際に起こっているという事が、私は異常事態だと思っている。

 

もはやテレビや新聞の情報を鵜呑みにする行為自体が危険なのだ。

 

情報弱者になってしまうと、何が真実で、何が虚構なのか分からないまま、国や役人、権力者の言いなりとなり、その人生をいいように利用されてしまうのだ。

そうならないためにも、

 

情報弱者になることを避け、常に自分で情報を収集できる知識と環境を手に入れよう。

 

主体的な情報収集の重要性

 

どれが真実で、どれが嘘なのかを判断する基準自体が歪み始めている。多くの人が正しいと信じていたテレビや新聞の情報が実は間違っていましたとなれば、これ以上マスメディアに頼るわけにはいかない。

 

自分自身が生きていく上で必要な情報は、自ら主体的に収集すべき時代となった。いや、すべきではなくて、しなければならない時代となったと言っていいだろう。

何が正しいのか、どれが嘘なのかを自分自身で判断していかないといけないのだ。

 

日々垂れ流される情報をうっかり鵜呑みにし、何も考えずに生きていると、ある日突然犯罪者に仕立て上げられ、本来は無実なのに何年も刑務所に収監されたり、最悪冤罪の可能性を残したまま死刑囚として死刑執行されてしまう事だって充分考えられる。(過去にあった飯塚事件が、その最たる例である)

 

自分の住む国家がどのように運営されているのか、国民がどのように管理されているのかなんて誰も教えてはくれない。

 

主体的に情報を収集し、現代を生き抜く知識を自ら身に付ける事が重要だ。

 

自己防衛のための想像力

 

今回の作品も、2017年から遡れば何年も前の事件である。多くの人達の記憶から消し去られていてもおかしくない。それほど現代の情報量は膨大で、次から次へとニュースが舞い込んでくる。現代人の1日の情報量は、江戸時代人の一生分とまで言われている。心温まる、クスッと笑えるニュースばかりであればよいのだが、残念ながらそうはいかないのが残酷な真実だ。

 

何気なく日常を送っていても、いつ些細なことから大きな事件に巻き込まれるかわからない。ましてや自分が容疑者、加害者に仕立て上げられる可能性だって0ではないのだ。

 

あるひとつの事件やニュース、事実をモチーフとした小説でもいいし、本作品のようなノンフィクションでもいいのだが、

 

「もし自分がそうなってしまったら」

 

と常に想像力を鍛え、危機管理の意識を働かせて日々を送る人間。

 

かたや、

 

「自分は大丈夫っしょ?」

 

とマスメディアから垂れ流される真偽不明の情報を鵜呑みにし、日々を無防備に過ごす人間。

 

もはや100年生きる事が当たり前と言われ始めている現代において、不測の事態が発生した時に生き残る可能性が高いのはどちらの人間なのか、それは想像に難くないであろう。

 

おおげさかもしれないが、「まさか」と思う事態が明日にでも自分や家族に降りかかってくる時代を私達は生きているのだ。

 

次は自分かもしれないと想像力を働かせて、危機管理意識を持って生きよう。

 

おわりに

 

記憶に残っていない事件やニュースにたまたま巡り合った時、それを右から左へと受け流すか、一度立ち止まって自分や大切な人へと置き換えて考えてみるのか、皆さんはどうするのか?

本当にささいなその習慣がその人の将来の人生を豊かにもするし、はたまたこんなはずじゃなかったと後悔にさい悩まれる人生へと変えもしてしまう。

マスメディアの情報を鵜呑みにせず、信頼のおけるインターネット記事や書籍の情報に対する主体的な思考習慣がより一層重要であるという事を、たった一冊の本から学ぶ事ができた

これから訪れる激動の時代のライフハックとして、参考になれば幸いだ。

 

いつ何時も主体的に生きよう。

 

Make it smart !!

 

参考文献

殺人犯はそこにいるー隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件

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